宮嵜誠の自己紹介

初めまして、宮嵜誠と申します。

2009年の2月から現在まで、日本の隣の韓国で、インターネットビジネスを実践しながら、妻と娘と息子の家族4人で生活しています。

2008年前に会社を退職して、約1年ほど、日本で資金を貯めた後に、韓国に渡りました。

会社をやめた理由の一つは、「妻と子と一緒に過ごす時間を増やしたかった」ということでした。

家族との対話の時間や家族と過ごす時間を充分に確保して、理想の家庭を作るために、今日も邁進中です。

プロフィール

プロフィール画像
  • ハンドルネーム:宮嵜誠
  • 職業:海外アフィリエイター
  • 生年月日:1975年6月8日(ふたご座)
  • 血液型:O型
  • 居住地:韓国忠清南道天安市
  • 身長:167cm
  • 体重:52~55kg
  • 家族構成:妻、2006年生まれの娘、2009年生まれの息子
  • 学歴:1999年3月、法政大学経済学部卒業
  • 職歴:正社員(営業職)→アルバイト(様々な業種)→派遣社員(接客業等)→今
  • 趣味:読書、映画鑑賞、(無趣味)
  • 好きな映画:ロード・オブ・ザ・リング、私の頭の中の消しゴム、トランスフォーマー等
  • 好きな本:ONE PIECE、ビジネス書等
  • 特技:絵を描くこと、人間観察
  • 性格:人見知りが激しい。

ネットビジネス略歴


2008年 ネットビジネス参入

2009年11月 メルマガを軸に情報商材アフィリエイトを始める。

2010年3月 アフィリエイト報酬が月7万円を超える。

2010年8月 アフィリエイト報酬が月12万円を超える。

2011年5月 アフィリエイト報酬が月20万円を超える。

2011年6月 アフィリエイト報酬が月40万円を超える。

2011年9月 アフィリエイト報酬が月45万円を超える。その後、半年以上報酬20万円程度で安定化。

2011年10月 「Jレビュー」の第三期認定レビュアー就任。

2011年10月 公式メルマガまぐまぐ!殿堂入り。

2012年4月 情報商材「ネットビジネスコンプリートBOX」音声デビュー。再配布権付きの教材とし発売される。

2012年12月 物販アフィリエイトで月16000円達成。

2012年1月 物販アフィリエイトで月43000円達成。

ネットビジネスの詳しい活動履歴はこちら

過去

ここから先は長いですが、興味がある場合、読み進めて見てください。

幼少期


子供の頃は天真爛漫でしたが、いつのころからかとてもおとなしい子供になってしまっていました。

小学3,4年生の頃は先生が僕の心を開かせてくれたことで、活発な時期を過ごしましたが、それ以外は基本的にはおとなしい子供でした。

基本的には大人しいのですが、一部の仲の良い友人の間では活発でした。

また、家に帰ってくれば、好き放題に主張を通す、内弁慶な子供でした。

僕は子供でありながら、自分自身がそんな表裏のある人間であることに大人になるまでずっと悩んできました。

聖闘士星矢のジェミニのサガのように双子座だからなのか?

とにかく、表裏のある自分がいやだったのですが、そんな性格を変えることはできずに大人になってしまいました。

なぜこのような表裏の極端な子だったのか?

原因を自分なりに分析してみました。

今解るのは、それは家庭環境に原因があったということです。

僕の父親は若い頃に会社経営を始めました。

当時、そんなことをする人は少なく、「青年実業家」とチヤホヤされ、期待されて、その時は出発しました。

ところが、、

その会社は倒産。多額の借金を作りました。

その後も父は、スナックを経営してまた潰れたり、宝石関係の仕事をしても盗まれて、クビになったり、波瀾万丈の人生を送っていました。

そんな父の人生に多大な影響を受けたのが母とその子供である僕達でした。

父は、失業を繰り返し、運送業とかコンビニのバイト等をしていました。

ここで話すのも抵抗がありますが、父は女性との関係も多く、母親以外の女性と付き合うことも沢山あったようです。

家にもあまり帰って来ないことが多く、僕も家で父と一緒に過ごしたりした記憶も少ないです。

そのようなこともあって、母親も「家のことは人に話さないように、」と僕に言い聞かせていましたし、僕自身も話したくないと思っていました。

それだけが原因ではありませんが、それが一つの大きな要因となって、僕自身、表裏の差が激しい人になってしまったと考えています。

中学くらいまではそれなりに友達もいたのですが、高校になると話をしたり遊んだりするまともな友人もいなくなってしまいました。

この内向的、かつ二重人格的な性格に拍車をかけたのが、高校2年生の時の親の離婚でした。

今思えば、人生で楽しいことは、ゲームをやったり、テレビを見たり、自分の好きなことをやることだけ、生きるための目標や指針のようなものは全くわからない自分になっていました。

学校に行く意味も意義も感じないので、高校をサボってほっつき歩いていたこともありました。

「何日欠席すると留年」ところは意識して、留年しない程度学校をサボっていた記憶があります。

また、友人や仲間を作る価値も感じないので、人とも交流せず、ただ一人になっていました。

大学受験の際は、別に目標とかも何もないので、とりあえず大学は夜学の経済学部に入学しました。

とりあえず「お金」は大事だろうと思って、また、つぶしが効くという話だったので、経済学部を選びました。

最初は確かに、大学生活に期待して、ちょっとワクワクしましたが、実際行ってみると何事も思うように行かず、段々大学に行く価値も感じなくなってしまいました。

大学も行く価値を感じないので、ほとんど授業には出ずに、その年はなんと単位を一つも取れず、結局留年しました。

そんな生きる価値を感じないような生活がしばらく続いて、大学2年目の冬が来る前に、恩人ともいうべき人に出会うことができました。

その人は大学の先輩で、僕はその人に自分自身の過去の色々なことを話す機会がありました。

僕の過去の色々なトラウマ(心傷)を、その人は全て聴いてくれて、理解してくれました。

そして、その後、その人が紹介してくれた女性と僕は交際をするようになりました。

そこから僕は、生きる価値というものを見出すことができるようになりました。

実は、彼女も僕と同じような境遇を通過していたのもあって、自分の過去のわだかまりが、解けてゆきました。

そして、そこで生きる価値をというものを少しずつ感じてゆくことができました。

「自分と自分の愛する人のために生きることの価値」です。

それを今ではずっと感じています。

大学卒業からの経歴

大学卒業から2003年までの間、人生経験を積むため、アルバイトをしたり、海外旅行などをしました。(アメリカ本土、ハワイ、グァム、中国、韓国など)

この期間の経験が僕自身をまた大きく成長させてくれました。

ちょっと遅くなりましたが、2003年4月、会社に就職しました。

主な仕事は外回りの営業でした。

訪問営業は、辛いことも多かったですが、お客様から学ぶことも多く、とても有意義な仕事でした。

また、営業部の責任者という立場も経験しました。

一人で結果を出すよりも、チーム次元で結果を出すことのほうがさらに難しいというのを痛感しました。

そして、2005年9月、8年間付き合った韓国人女性(妻)とついに結婚することができました。

8年という長い間付き合っていると、お互いののいい面だけでなく、悪い面も知るようになりますが、それだけ相互に理解しあえる関係が築けると思います。

やはり互いの考え方の違いを克服することが夫婦関係の醍醐味であると今でも感じています。

日本は離婚が当たり前のような風潮もありますが、軽率に離婚することはお互いのためにも、子供がいる場合は、子供のためになりません。

離婚に対する軽い考え方に関しては、僕は断固として反対したいと思っています。

この考えは、僕自身が高校2年生の時に経験した両親の離婚が起因となっているとは思いますが、この「離婚は簡単にしてはいけない」というこの考え自体は、良い考え方だと思っています。

その後、もう一つ新たな人生の試練が訪れました。

それは、会社からの長時間の拘束でした。

一人でいた時は、会社のために働くことが生きがいのようになっていて、実績も出しましたし、上司のために貢献したいという思いで、バリバリ頑張っていました。

しかし、結婚してから、自分が本当に弱い存在になってしまったように思います。

なぜ弱いのかというと、妻や子と一緒にいることができないことが寂しくてしようがないのです。

妻と一緒に過ごす時間に価値がある。

しかし、その時間がない、、、

そして、もう一点、その時の僕の悩みは、会社にいることで自分自身の本来ある「輝いたもの」「価値」を発揮できないのではないか?という思いでした。

確かに会社ではそれなりに評価を得て、優良な社員となったわけですが、その実、上からの抑圧ばかりを気にしいて、本来自分がとりたい行動をとることができない自分になってしまっていたのです。

ある時、それに気がついたのです。

会社に従順に生きることで、プラスの面も確かにありました。

しかし、自分のクリエイティブな側面などを発揮するにはマイナス面も多かったのです。

これは僕がそういう人間だったというだけかも知れません。

2008年3月、新しい自分を求め、自分の可能性を試す道を選びました。

愛する家族と一緒に過ごすため、そしてまた、自分の本領を発揮するため、5年間勤めた会社を退職しました。

とりあえず、まずは、韓国に渡ることを決めて、10ヶ月間は、家電量販店と新聞配達をして働きました。

すでに結婚し、娘がいたので、辞めるには勇気がいりましたが、それ以上に、夢を追い求める気持ちが強かったと思います。

そして、何より妻の後押しがあったからこそ、会社を辞めることを決断することができました。

2008年4月、朝は新聞配達、昼は家電量販店内でインターネット加入促進の仕事を始めました。

そこから10ヶ月は、なかなかハードなスケジュールでした。

前の会社での営業経験を生かした仕事であり、好きな分野であるインターネット紹介の仕事だったため、やりがいを持って続けることができましたが、その某ブロードバンドサービス会社のスタッフが僕一人だったので、とても孤独でした。

ちなみに量販店の仕事は、土日に人出を必要とするので、土日出勤で平日が休みでした。

孤独な中でも嬉しかったのは、毎週日曜日に妻と子が欠かせず、仕事場に来てくれ、毎回妻と子と一緒に昼食を食べました。

そして、10ヶ月後の2009年2月、仕事を辞めて、家族とともに韓国へ渡ることができました。

会社を辞めたのも、元々韓国に行くことに憧れていたからで、約一年間貯めたお金で、ついに韓国に住むことができるようになりました。

僕は韓国に渡る前にオークションや情報ビジネスなどのネットビジネスと言うものの存在を知りました。

更に色々調べてゆくと、アフィリエイトやインフォビジネスというものを知ることができました。

そして、韓国に渡って8ヶ月後の2009年11月に、ある情報商材を購入したことをきっかけに、メルマガアフィリエイトというものをスタートしたのです。

現在

現在は、主にアフィリエイトをしながら、ネットビジネスのノウハウを研究しています。

近い将来、このアフィリエイトから、もっと幅広くビジネス展開させて行きたいと考えています。

ところで、起業するためには、安定を捨てると言うリスクがあります。

しかし、実はその分、時間の使い方は自分次第なので、自由な時間を得ることができると言う大きなメリットがあります。

本当のリスクなのかと言うと、人それぞれだと思いますが、僕の場合は、例え安定を捨てたとしても自由な時間がない方がリスクだと考えています。

そして、この「自由な時間」を得るために最強のビジネスがネットビジネスです。

「家和万事成」を促進します。

昔から、日本でも「家和して万事成る」と言います。

韓国では、これを「家和万事成(カファマンサソン)」と言います。

上でも話しましたが、僕の両親は、僕が高校生の時に離婚しています。

その反動かもしれませんが、僕は家庭の大切さを強く感じています。

夫婦の仲が良いことが、子供にとって最も嬉しいことだと思います。

そのため、僕は、ずっと愛妻家を目指していました。

愛妻家であるためにも、夫婦が一緒にいる時間を長くしたいのです。

だからこそ、今取り組んでいるネットビジネスを家族経営の形にして、夫婦で一緒にいる時間を長く持てるようにしたいと考えていますし、そのような人を自分の周囲に増やしたいと真剣に考えています。

夫婦仲が悪くなったり、夫婦が離れて行く原因の一つに、「対話が足りない」という問題があるのではないかと僕は考えています。

僕の両親が離婚した大きな原因が出張などを理由とした半別居生活でした。

ですので、逆に夫婦がより近くなるためには、対話の時間、つまり一緒にいる時間を増やすことが重要だと思うわけです。

そのためにも、誰もがネットビジネスの利益を拡大して、家族経営を目指す価値はあると思っています。

ネットビジネスによって、 自由を手に入れて、家族サービスをしましょう!

そして、家族の対話を増やして下さい。

対話の中で出てくる考え方の違い、性格の違いは必ず理解し合うことができます。

価値観は違うものだから仕方がないと諦めて離婚するパターンが多いですが、実はもうあと一歩歩み寄ることが出来れば、理解し合うことも可能なのです。

子供のためにも夫婦の中の良いことが重要なのです。

家族との関係が幸せの鍵ではないでしょうか?

インターネットビジネスは、オフラインビジネスに比べるとかなり少ないリスクでスタートすることができます。

そして、稼ぐ仕組みを作ることができれば、愛する人と自由に過ごす時間が大幅に増えるのです。

また、結局お金が原因となり、それにより家庭の不和も起こるということは事実としてあると思います。

お金の問題が解決されれば、夫婦が一緒にいる時間が減ってしまうこともなく、子供の教育に時間をさくこともできるわけです。

だからこそ、僕はネットビジネスに価値があり、ネットビジネスで人生を変えるキッカケがつかめると考えています。

一緒にインターネットビジネスを実践しましょう!

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なお、メールマガジンでは、韓国での生活事情なども時々ですが、お伝えしていますので、ぜひそちらもチェックして頂けると嬉しいです。

現在は、日本でも海外に目を向けている人が多く見受けられますし、実際にインターネット起業家で海外に移住している人も多いです。

しかし、実際に一般的に僕達が海外で生活するとなると、多くの人が踏み出すことができない大きな壁があります。

日本や自分の故郷に留まらないといけない理由の一つは、そこでの仕事です。

今従事している仕事を簡単に変えることができないので、自分の自由に住む場所を変えることもできないわけです。

しかし、これからの時代、グローバルな視点が必要ですし、住む場所も日本だけにこだわらない軽いフットワークが必要ではないでしょうか?

そういう意味でも、お隣、韓国の生活事情などを知ることも海外を身近に感じる良い機会かも知れません。

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